2020年8月2日礼拝説教「前もって決めておいた働き」

 

聖書箇所:使徒言行録13章1~3節

前もって決めておいた働き

 

 使徒言行録の13章からは、後に使徒パウロと呼ばれるサウロが、各地を旅して教会を建てあげていくお話が始まります。この働きによって、各地に教会が建てられていきました。この重要で偉大な働きが、いったいどのような位置づけで始まったのかを今日の物語から学んでまいりましょう。

 直前の12章で記されていたエルサレム教会は、飢饉や迫害、また相次いで指導者が教会を去ったことによって大変苦しい状況に置かれていました。それに対して今日の箇所で記されているアンティオキア教会は、エルサレム教会と違い順調な歩みをしていました。飢饉も迫害もありません。1節を見ますと、教会に預言する者や教師たちが、バルナバとサウロ以外にも何名か与えられていたことが分かります。彼らの顔ぶれは多様です。ニゲルと呼ばれるシメオンは、黒人(ニゲルは英語でいうところのネグロ)のユダヤ人でした。キレネ人のルキオは、アンティオキアの町の異邦人たちにギリシャ語で話しかけた人々の一人だと考えられます(11:20)。マナエンは、領主ヘロデと一緒に育った人であり、異教社会のなかで高い地位を得た人でありましょう。このように、バルナバとサウロ以外にも、実に多様な人々が預言する者や教師として、教会の働きに召されていたことが分かります。おそらく彼らだけでなく、アンティオキア教会のメンバー全体が実に多様な人々を含んでいたと考えられます。

 そのような多様なメンバーで構成されているアンティオキア教会が、主を礼拝し、断食をしていました(2節)。断食は、祈りと結びついています。3節で「断食して祈り」とあるとおりです。ですから、教会として主を礼拝し、断食するほど熱心に祈るなかで、聖霊のお告げが与えられたのです(2節後半)。教会にとって重要な意味を持つ宣教旅行の働きは、聖霊のお告げによってバルナバとサウロが召さたことから始まりました。神はあらかじめ二人をこの働きに召すことを決めておられました。したがって彼らが神のために熱心に奉仕したからこの働きへと召されたのではないのです。ただ神の恵みによります。後にサウロも、そのことを告白しています (ガラテヤ1:15)。このことは、教会に連なるあらゆる働きにも当てはまります。すべては神の恵みの御計画の中で、わたしたちに与えられるものなのです。どんな小さな奉仕であっても、それは神のご意思によって召されて行う働きです。

 ただし、神の御計画によって前もって決まっているといっても、ただ何もせずに待っていればいいわけではありません。教会が主を礼拝し、熱心に祈る中で、なすべき働きが示されていくのです。バルナバとサウロに対する召しも、まさにこのようにして示されました。このお告げは、個人的なものではなく教会全体に与えられたものでした。だからこそ、多様な役員が与えたれていたアンティオキア教会が、このお告げがあった次の瞬間に二人を派遣するために一致して動き出すことができたのです。おそらく、預言する者が聖霊の言葉としてこの言葉を告げたと考えられます。預言する者とは、現在でいうところの説教者の働きに対応します。ですから主を礼拝して祈り求め、真摯に御言葉に聞く中で、神の御計画としての自らの働きが示されていくのです。しかも教会が一致できる形で、それは示されるのです。

さて3節では、教会が聖霊に告げられた召しに応えていく様子が記されます。バルナバとサウロへの神の召しのために、教会全体として祈り、手を置いて二人を出発させました。この「出発させた」という動詞は、通常は牢などに縛られた人が開放されるときに用いられる言葉です。バルナバとサウロは、「アンティオキア教会での働き」という縛りから解放されて宣教旅行へ旅立ったのです。教会の人々からすれば、二人がこれからもアンティオキア教会に留まって働き続けてほしいと望んでいたでしょう。しかし聖霊によって主の召しが与えられたので、彼らを解放して旅立たせたのです。これは教会にとって大きな犠牲を伴う決断だったはずです。それでも教会は、聖霊のお告げに従って二人を送り出す決断をしました。だからこそ、バルナバとサウロは旅立つことができたのです。この意味でも、彼らの宣教旅行は、彼ら個人の働きではなく教会の働きなのです。このような、アンティオキア教会の犠牲を伴う働きによって、各地で多くの異邦人が主イエスを信じるようになり、地の果てに至るまで教会が建てられていくことになったのです。

 今日の箇所は、教会が建てられていくことにおいて重要なことを教えてくれます。教会は、他の教会の犠牲によって建てられていくのです。日本の教会の基礎は、日本の宣教のために優秀な宣教師たちを送ってくれた諸外国の教会の犠牲によって据えられました。今働かれている牧師も、熱心な信徒を神学校に送り出した母教会の犠牲によって遣わされています。また浜松教会の歴史を見れば、これままで中部中会の諸教会から金銭的にも人的にも多くの犠牲をいただいて建て上げられてきたことは明らかです。こうしてここに教会が建てられていることを、ぜひとも覚えていただきたいのです。

 

 このように他の教会の犠牲の上に建て上げられたわたしたちの教会は、どのような働きをすべきでしょうか。今度はわたしたちの教会の犠牲によって、他の教会を建てあげていくことではないでしょうか。教会としてなされる犠牲を伴う働きが、神の御計画のなかで豊かに用いられていくのです。その何よりの証拠が、他の教会の犠牲によって今ここに教会が建てられ、今ここでわたしたちが神を仰いで礼拝に与っていることです。今度はわたしたちが、神の御計画のなかで用いられる者とされてまいりましょう。そのために、御言葉をとおして与えられる神の召しを祈り求め、それに忠実に応える教会でありたいのです。